中央・西アジア局運輸交通・通信担当課長兼タイ事務所長の岩崎秀明さんに聞く

Inside ADB | 2021年12月2日

キャリアパス

東京大学工学部および同大学院で都市工学を学び、国土交通省(旧建設省)で勤務。途中バージニア工科大学で交通工学の修士号を取得。2002年にADB入行。

出身が九州の山あいの町なので、子供のころからインフラ整備の遅れによる不便さは痛感していて、それがインフラに関わることを学び、インフラ作りを仕事にするということに繋がったのかなと思っています。また、海外への興味も、外国人と接することが無いようなところで育ったことで一層掻き立てられたような気がします。

学生時代は、インフラ整備に関わる仕事に就くことを前提に、丁度バブル景気で土地問題が大きく注目されていたこともあり、学部・修士とも都市における土地利用や土地所有に係る問題をテーマに研究していました。

前職の国土交通省(旧建設省)では、ほぼ二年おきに転勤があり(日本の組織では当時は普通でした)、結果的に広く浅くだったかもしれませんが、ネットワーク型のインフラ整備事業に、上流から下流までひととおりのプロセスに関わってきました。最初の北海道の仕事では、現場監督として、作業着にヘルメットと安全靴で道路建設工事の現場に赴き、工事の進行の管理と、品質や安全の確保に携わっていました。この中で、支障物件の対応や近隣の住民からの苦情の対応などにもあたりました。その後、一年の留学を挟んで、土木研究所(現国立研究開発法人土木研究所)で耐震設計に関する新たな技術基準を定める仕事にも携わり、1995年の阪神淡路大震災の際には、研究所に一週間泊まり込みで、地震動データの収集を行うというようなこともありました。その後も新技術の開発や震災後の技術基準の改定、また、道路整備の事業評価などの工学的な知見が必要とされる仕事から、地方への権限移譲や特定財源制度の在り方などに関わる行政学・財政学的な分野の仕事にも携わる機会がありました。

当時は、これらの経験がADBの仕事にどう活かされるのかなど考えることはなかったのですが、ADBのカウンターパートにあたる相手国の政府機関の中には、私が前職で関わってきたように多様な仕事を担当する部署があり、それぞれの判断・貢献の集合体が実施機関としての意思決定でありキャパシティーであるということに少しでも思いを致すことが出来るのは、有難いことだと思っています。

ADBでの担当業務

2017年から、タイの事務所長としてADBのタイ向けの業務を統括しています。また、今年の6月からは中央・西アジア局の運輸交通・通信課の課長の仕事も兼務していて、タイの所長の仕事は来年の一月には後任に引き渡すことになっています。

タイは既に一人当たりの所得が7,000ドルに到達している上位中所得国であり、1997年のアジア通貨危機以降、財政改革・金融市場の整備などを進めてきた結果、政府も企業も比較的安いコストで資金を調達できる状況になりました。ADBの資金が必ずしもコスト面で優位性を持たなくなった状況下で、ADBとしてタイ政府や民間セクターおよびその他の幅広いステークホルダーに対して、どのような価値をもたらすことが出来るのかなどが、最前線で仕事をする我々スタッフに課せられた課題です。具体的には、民間セクターへの融資と公共セクターへの知識および技術支援を組み合わせつつ、再生可能エネルギーや都市交通分野における変革を進めるための支援を行っています。一方で、タイの政府や民間セクターが持つ経験や知見はADBの他の加盟国にとっても有益なもので、メコン河流域圏(GMS)やASEAN経済共同体構築に向けたIMT-GT(インドネシア・スマトラ島の10州、マレーシア半島部の8州およびタイ南部14州が参加)などの地域協力枠組を使って、その様な経験・知見を共有することもADBの仕事の重要な柱となっています。

ADBがタイと対等のパートナーとして、双方がメリットを受けられるような関係を構築して行くのが2021年の5月に策定された国別パートナーシップ戦略(CPS)の大きな柱であり、今後の取り組みの課題です。

キャリア・エピソード

タイの事務所長に就く前には東南アジア地域局の交通通信課の課長をしていました。その当時から2017年半ばにタイの事務所長になって暫くの間GMSの越境交通協定(CBTA)の実施に事務局の代表として関わっていました。CBTAは1990年代後半に策定され、そのメンバーの追加加入・批准の手続きが2015年に終わり発効に至ったのですが、その間に越境交通を扱う手続きや技術的環境(策定当時はITの使用は限定的でした)は大きく変わり、CBTAの運用はそのままでは現実的ではなくなっていました。そのため、現在の状況下で運用可能な条項に限定した覚書(MOU)を別途締結し、それに基づいて限定的な運用を行うということになり、そのための閣僚級協議を何度も重ねました。結果的に2018年3月にMOUの締結に至り、その年のGMS首脳会議でも大きな成果として言及されたことは強く印象に残っています。新型コロナウィルスの蔓延によりCBTAの運用は現在足踏み状態ですが、本格的な運用に至ることを期待しています。

開発途上加盟国の中で、現在の政治的な状況から、ADBのオペレショーンの継続が難しくなっているのがアフガニスタンとミャンマーです。私もADBの業務上特に深く関わったかかわったこともあり、現在の状況には非常に心が痛みます。

アフガニスタンには、2002年の入行時から2006年まで運輸交通セクターチームの一員として関わり、同分野のアセスメントの策定や、緊急インフラ支援プロジェクトの案件形成や事業実施に携わりました。前大統領のアシュラフ・ガニ氏が当時財務大臣で、彼の自宅を訪ねて道路の受益者負担制度の制度設計について議論したり、アフガニスタン北部と西部を結ぶ幹線道路のミッシングリンクの整備に対する融資を担当した際には、彼を筆頭とする政府の融資協議団と事業予算についてぎりぎりの協議をしたことなどが思い出されます。当時の公共事業省の副大臣から「1980年代にはカブールで朝食、南部のカンダハルで昼食、西部のヘラートで夕食という行程が組めるほど道路が整備されていた」という話を聞き、そのような時代が訪れた暁には、アフガニスタン全土を旅してみたいと話をしたことが今でも思い出され、これが夢で終わらないことを願っています。

ミャンマーには、2012年のADBのオペレショーン再開から、現地事務所の立ち上げまで一年半、首席インフラ担当官として現地に長期出張しました。ADBの初期のインフラ支援案件の政府側との協議に携わり、公共セクターでのインフラ支援がある程度前進した他、民間セクターへの支援も軌道に乗りかけていたので、早く従来通りのオペレショーンが再開できる日が来ることを期待しています。

SDGsへの取組み

上位中所得国であるタイとの関係においても、また私が専門とする運輸交通セクターにおいても、SDGsは大きなテーマです。

気候変動対策については、タイ政府および民間セクター向けに融資や技術協力を通じて支援を幅広く行っています。近年ではタイ政府初となるサステイナビリティ債の発行と国家住宅供給公社(NHA)によるソーシャルボンドの発行(いずれも2020年)に技術や手続きの面での支援を行なっています。民間セクターでは再生可能エネルギープロジェクトや都市交通プロジェクトへの融資、民間企業のグリーン債・グリーンローンによる資金調達の支援を継続的に行っています。

また、運輸交通セクターでも、従来の道路整備主体の支援から気候変動の緩和対策として効果のある鉄道系のプロジェクトや都市交通整備プロジェクトへの支援へとシフトする取り組みを進めており、また、道路整備のプロジェクトを支援する場合でも女性や社会的弱者への配慮をした施設の設計などを標準的な融資要件として盛り込むようになっています。

仕事のやりがい

ADBは非常にフラットな組織で、スタッフ個人の貢献が、レポート作成であれプロジェクト案件形成やその実施支援であれ、最終的な成果に分かりやすい形で反映されます。個人の裁量の幅が大きく、そこが大きな醍醐味だと思います。ほとんどの業務はタスクフォース形式で、案件ごとにリーダーとその他の専門知識を持ち寄るメンバーからなるチームが構成され、期限を区切って、成果を出すことが求められます。当然、関係者(融資案件であれば借り手、レポートであれば査読者やその他の利害関係者)の都合で作業が遅れることがありますが、比較的短いサイクルで企画立案から成果の発現に至り、インフラ案件であっても、5〜7年後には自ら携わったプロジェクトの完成を見届けられます。これはインフラに関わりたかった私にとっては大きな魅力であり、やりがいの一つです。

求められるスキルや経験

ADB入行当初は、英語でのレポート作成や政府機関との協議に他の職員よりも余計に準備時間をかける必要がありましたが、これらは時が経てば乗り越えられるハードルだと思います。その他にもADB内のルールや手続きで分からないことは数多ありましたが、これらは同僚に確認すれば解決できる問題でした。専門分野での知識や一定レベルの英語力は必要ですが、それから先は「知らないこと」をはっきりそうであると認めて、より知識を持っている人(それが職務上の上司や部下であっても)の教えを乞う、素直な態度が非常に重要だと思います。

専門分野における知識についても、特に中所得国以上の政府カウンターパートには留学経験を含めて、幅広い知見を持った人材がいます。彼らが求めるのはテキストブック上の理論ではなく、それを実地に応用した他国で生じた問題や、それらに対し、どのような解決策が用いられたのかといった、経験に裏打ちされたアドバイスです。

私は一年間の米国への留学を除くと極めてドメスティックなキャリアパスを経てADBに入行しました。しかし、当時、日本で携わった経済・社会的な課題に、現在、多くの中所得国が直面し始めています。日本でのキャリアで得た直接的な経験が、ADBでの仕事に活かされていると感じたことは何度もあります。例えば、インフラの維持管理への民間事業者の参入は多くの開発途上国でも試みられていますが、日本のような国であっても必ずしも上手く行っていないということを肌感覚で理解していることが、相手国政府へのアドバイスをする際に役に立っています。往々にして国際機関で働くためには「国際的な経験」が必要とされるという理解がされていると思いますが、それは所詮特定の国や社会での経験の積み重ねでしかなく、日本での経験も活かされるものです。これを読まれている方が、現在日本で国内向けの仕事をされている方であるとしたら、現在の仕事とそこから得られている知見や経験を大事していただきたいと思います。

プライベート

バンコクでの事務所の仕事に就いてからは、海外への出張が減って、週末にもプライベートの時間が取れるようになりました。新しい趣味をと思い、バンコクに在住する日本人からなる男声合唱団に加入して毎週土曜日に練習をしています。今は新型コロナウイルスの影響で集まって練習することはで出来ませんが、オンラインでの練習は続けられていて良い気分転換になっています。