持続的開発・気候変動局首席自然資源・農業専門官の片上美知子さんに聞く

Inside ADB | 2022年4月22日

キャリアパス

慶應大学経済学部卒→ エス・ジー・ウォーバーグ証券→ 三菱信託銀行→エラスムス大学ロッテルダム・社会科学大学院大学(ISS)修士修了→国連開発計画(UNDP)マレーシア国別事務所→ ADB 入行(旧西プログラム局南アジアカントリーデスク→旧東プログラム局交通運輸課→旧西プログラム局農村開発課→旧メコン局農村環境課→休職→経済調査・地域協力局→現職)

大学では開発経済の勉強に励み、金融機関では、証券市場の動向調査やコーポレートファイナンスなどの業務に携わりました。その後、今後すべき仕事は何かを考えるなかで、開発途上国における貧困や格差などの是正といった課題解決にフォ-カスしたいという思いから、当時勤めていた会社を退職して、大学院に進学しました。大学院では開発経済学を専攻し、その後、UNDPマレーシア国別事務所で産業政策を担当し、世銀との共同研究を通じた、重要政策に係るブリーフィングレポートの取りまとめ等に従事しました。

マレーシアで憧れていた仕事を始めると想像を遥かに超えたビューロクラシーに直面し、正直凹みました。会議も多く、言いたいことだけ話し散らかす人に対応するのにも苦労しました。それでもニューヨーカーで男前の女性所長のリーダーシップの下、貧困撲滅に関する調査や対外直接投資の推進を図るための戦略プロジェクトなどの仕事を任され、確かな手応えを感じました。

ADBの業務に興味を抱いたのもその頃でした。同僚がヤングプロフェッショナルプログラムを一緒に受けようとパンフレットを持ってきてくれたことがきっかけでした。そこには、クライアントの課題解決と利益創出を両立するなどの、民間セクターと同様の明確な目的とともに、貧困撲滅や環境保全、ガバナンスの強化や女性の地位向上といった、開発途上国のニーズに対応するADBの活動が示されていました。そうしたADBのビジョンや投融資の審査や決定に至るプロセスに興味を持ち、応募しました。

ADBでの担当業務

現在は、食料安全保障と栄養改善を目的とした投融資や、気候変動の緩和と適応のための事業の設計や実施、また、持続可能なフードシステムの構築に向けた市場の調査分析などを行っています。さらに、多くの場合、官民や省庁の垣根を越えて協力する必要があり、相手国政府や民間企業、調査機関や農業協同組合のような組織と連携しつつ、相互のノウハウや資源を用いて、開発効果をあげるための新たなビジネスツールやアプローチを開発しています。

農業は、世界で最も就業者が多い産業であるとともに、世界人口の約3割が何らかの生計手段として農業に携わっています。アジア・太平洋地域の4億世帯以上は零細農家であり、その農家の多くにとって、栄養のバランスの取れた食物は高額で手が出ない状態にある他、市場アクセスが限られていて農産物を高く買い取ってもらえないことなどが要因となって、貧困から抜け出せない状況にあります。その上、より頻繁となっている気候変化や自然災害(モンスーン時期の変動、洪水、干魃など)、新型コロナウイルスのパンデミックによる経済ショック(サプライチェーンの途絶や通貨切り下げ、インフレーションなど)の影響を受けており、農業の生産性と収益性の向上に向けたフードシステムを構築することは、地域の食料安全保障にとって欠かせない課題です。

例えば、カンボジアの6つの州を対象とする、零細農家、特に女性を集中的に対象としたアグリビジネス分野におけるADBによる支援では、キャッサバ、カシューナッツ、マンゴー、野菜、在来鶏などの主要農畜産物の加工など、バリューチェーン全体における食品の安全性と品質を強化するための取り組みを後押ししています。農業協同組合が、適正な農業規範の採用や国際的な認定を取得できるよう、食品安全試験所の整備を行い、高収量で干ばつや病気に強い品種を確保できるようにするため、作物の種子や家禽の品種に係る研究開発の支援を行っています。また、農場から市場へのアクセスを改善するための道路の改修も行っています。

バングラデッシュやインドでは、零細農家が協力しあう農業グループを対象に、ICTを駆使したビジネスソリューションに係る提案を行っています。農業用水の小水力エネルギーを最大限活用するとともに、自動節水灌漑システムと衛星データや土壌センサーなどを用いた、水資源利用の効率化を図るための取り組みを後押ししています。食料の生産から加工、輸送、消費に至る一連の活動であるフードシステムが、世界の温室効果ガス排出量の24%ほどを占めているため、農家と消費者をダイレクトに結ぶECプラットフォームを活用するとともに、食品の品質を保つためのコールドチェーンの整備や流通の高度化などを図り、農場から食卓までを意味する「Farm to Fork」の戦略のもと、サステナブルかつ公平な食料システムの構築を目指しています。

ビッグデータ、IoT、AI、バイオテックを巧みに使う有望な農業ビジネスがインドや中国、東南アジアで躍動しています。今後このようなビジネスが増えることが予想され、多くの零細農家が活用できる新たなサービスの提供ができるよう、引き続きサポートしていきたいと考えています。

キャリア・エピソード

ADBの一番の魅力は、何と言っても稀有な経験を積めるチャンスが沢山あることだと思います。入りたての人であっても、即戦力としてリーダーシップを発揮し、クライアントを交えてチームとして仕事を進めていくことが求められます。私も入行して間もなく、農業、インフラ、電力セクター改革、マクロファイナンスなど、様々なプロジェクトチームにエコノミストとして加わり、次第にチームリーダーとしてプロジェクトを引っ張るようになりました。「お前やってこい」の一言で、グラミン銀行創設者のムハマド・ユヌス博士とインドでマイクロクレジットサミットを共同開催し、当日はADBの代表として登壇したこともありました。ADBのマネージメント・スタッフは皆出張で世界中を飛び回って忙しく、新人スタッフにも大きな仕事をどんどん任せるのはADB特有のカルチャーかもしれません。

SDGsへの取り組み

環境と調和した持続可能な農業の展開はSDGsの重要なテーマです。ご存知の通り、農業や食料の分野は、環境や気候変動などの諸課題と相互に深く関連しています。また、農業分野におけるADBの案件には必ず気候変動に係る要素が含まれています。

バングラデッシュでは、水資源と食料安全保障および、気候変動適応と緩和に資する良策として、水田から温室効果ガス(メタン)を減らすとともに、節水もでき、収量を増やせる取り組みとして注目されている、間断灌漑による節水栽培法(alternate wet and dry irrigation: AWD)を用いたパイロット事業を行っている他、新しい稲と米の品種開発にも取り組んでいます。

また、モンゴルやベトナムでは、農地土壌を温室効果ガスの吸収源にする取り組みとして、カーボンクレジットの導入を民間投資ファンドとの協力により始めています。施肥方法や農法を工夫することで、メタンの排出を抑制できる他、やむをえない排出分についても、それを上回る量を植林、カバークロップや リジェネラティブ農業によって土壌に貯留することが可能であり、大気中の温室効果ガスの削減や地球温暖化の防止に貢献することが期待されます。

仕事のやりがい

自分が関わったプロジェクトが社会にインパクトをもたらしているのを目の当たりした時に、やりがいを感じます。一昔前、カンボジアで、アグリビジネスの金融サービスへのアクセスを改善するべく、預金の取り扱いを含む正規のマイクロファイナンス業務をNGOが行えるようにするための支援を行いました。カンボジア中央銀行、国際通貨基金(IMF)、貧困層支援協議グループ (CGAP)、ドナー、金融機関などのステークホルダーを巻き込んでコンセンサス・ビルディングを行い、マイクロファイナンスライセンスに係る法律を改定しました。このプロジェクトに参加したNGOは、今では、この地域における優良なマイクロファイナンス機関(MFI)として成長し、農村部の住民になくてはならない金融サービスを提供している他、ADBをはじめ、民間投資の対象にもなっています。

その折お世話になったNGOの幹部は今や銀行の頭取となり、数年前とある会議で再会すると、ぱりっとしたスーツ姿の彼に「まだそんなことやっているのか」と揶揄されました。私は、この様な変革をもたらすことができたチームの一員として、開発途上国の成長や地域の発展に貢献できたことに大きな喜びを感じています。これはADBでの仕事で一番好きなことです。改革は混沌とした長い道のりでしたが、尊敬する上司や先輩、そして外部の専門家やカウンターパートに幾度となく助けてもらい、こうして様々な人と協力し合いながら、目的を共有することができれば、一人では成し遂げられない想像以上の成果をあげることができます。

求められるスキルや経験

アジア・太平洋地域の成長は著しく、特にデジタル技術革新とその応用の展開の速さには正直驚きを隠せません。技術の進歩は効率性や生産性を高めるとともに、人々の暮らしを豊かにします。このダイナミックなアジア・太平洋地域において、企業経営者や起業家と強固なパートナーシップを組むことにより、優れた事業を飛躍的に発展させるためのお手伝いが、ファイナンスを通じてできることに喜びを感じています。アジア途上国の開発課題は、今後更に変化していき、プレイヤーも多様化していきます。開発援助に必要なスキルセットも当然変化して行くと思います。

ADBでは、案件ごとに求められるスキルセットを持ち合わせたメンバーを集め、プロジェクトチームを編成します。チームとして途上国の経済発展に寄与することを主たる目的として、多様なバックグラウンドや専門性を持ち合わせたメンバーと議論し、案件をパートナーと進めていきます。仲間たちと協力し合い、切磋琢磨しながら働くことで、自分の成長を加速させるような職場に興味を感じられる方には、ADB でのキャリアアップをお勧めします。

私の尊敬する女性経営者が、企業が、高い価値を創出するためには、ESG(環境、社会、ガバナンス) に関して適切な訴求力を持つことが必要であり、そのためのビジネスモデルを構築するのがビジネスのプロとしての役割であるとおっしゃっていました。ADBはそんな民間企業の取り組みを、より良い投資環境の整備や、公的機関や研究機関、機関投資家との協力を通じて後押ししています。

プライベート

新型コロナのパンデミックが落ち着いてきたこともあり、家族でダイビングやウィンドサーフィンなどのマリンスポーツを再開しました。フィリピンの海は、観光客が多く訪れることから、開発がかなり進んできたものの、果てしなく続く白砂のビーチとその透明度のよさは30年前から変わっていません。絵も好きで、いくつかのグループで毎週描いています。また、フィリピンの豊かな食材を使ったお料理を、家族や友人と一緒につくり味わったりする時に幸せを感じます。今一番楽しみにしているのはなんといっても旅行です。パンデミックにより、2年間ほとんどこもって過ごしていたので、色々な国を訪問するための旅行計画を立てています。