法務部上級法務担当官の森田貴子さんに聞く

Inside ADB | 2021年5月18日

キャリアパス

カリフォルニア大学バークレー校環境経済政策学部卒→カリフォルニア大学ヘースティングズ法科大学院卒→法律事務所(米カリフォルニア)→国連開発計画(U N D P)インドネシア事務所環境ユニット→ADB入行(現職)

父の仕事の関係で小学6年生の時にケニアで暮らすことになり、伝統を受け継いだ人々と数々の野生動物が生きる大自然の営みを実感するとともに、停電や断水も頻繁に経験しました。その頃から将来は、環境保護や開発問題に携わる国際機関で働きたいという思いを抱き、大学、そして大学院で環境法を専攻しました。その後、太陽光や風力、地熱発電などの再生可能エネルギーの案件を扱う米国の法律事務所で弁護士として勤務し、案件を成功に導くための法律や政策の解釈の仕方について学びました。またUNDPでは気候変動対策に携わるプロジェクトオフィサーとして勤務し、インドネシア気候変動信託基金(ICCTF)やグリーンエコノミー政策などの案件を通じて、インドネシアの気候変動対策能力を強化するための取り組みに携わりました。2013年にADBに入行し、弁護士として再度活躍するチャンスを得て、南アジアや大洋州、西アジアを担当した後、現在は東南アジアと中央アジアの開発途上加盟国に対する融資案件の企画立案などADBが掲げる政策や規則に基づいて業務に伴うリーガルサービスを提供しています。

ADBでの担当業務

法務部は、公共部門、民間部門、財務会計、人事やガバナンスなどの管理業務、そして法と政策改革(Law and Policy Reform)の5つのユニットで構成され、弁護士資格を有する約50人のインターナショナルスタッフがADBのオペレーションに係る様々な分野のニーズに対応するためのリーガルサービスを提供しています。法務部の役割は非常に幅広く、ADBのすべての政策立案に携わる他、ガイダンスノートの作成や改定、そしてその運用方針や手続の遵守に関する確認などを行います。

私が所属する公共部門ユニットは、開発途上加盟国のための融資や無償資金協力、技術協力といった案件の準備段階から、地域局を中心とした関係部局との検討や調整を重ね、法律面や財務面での要件を明確化していきます。また、内規を満たしているかといったコンプライアンスチェックを行い、環境・社会的セーフガードや汚職防止など、案件の様々な段階で生じる課題について、必要な法的契約項目を貸借契約書(legal agreement)に盛り込むと同時に、相手国政府などのカウンターパートとの交渉を通じて、合意内容をまとめた文書を作成します。さらに、理事会での承認を得るためのプロジェクト文書の質の向上に努め、その実施をサポートします。案件の実施中には、予期せぬ、あるいは意図していない負の影響が環境や人々に及ぶ可能性もあり、そのような問題が生じた場合は解決策を提示します。

最近ADBが立案した政策の中には、新型コロナウィルスのパンデミックに対応する各国の取り組みを後押しするための緊急財政⽀援やワクチンの調達や配布、また、防護具の購⼊や医療システム強化のための協力を行うものもありました。法務部は定められた枠組みの中で、常に変わりつつある状況に対して、柔軟性と整合性を念頭に仕事をしています。

キャリア・エピソード

ADBがパンデミック対応の一環として2020年3月に行ったフィリピンでの緊急食糧支援は印象深いエピソードの一つです。マニラ首都圏とその周辺の州に住む16万2,000人以上の貧困世帯を支えるための大規模な食糧支援を、フィリピン政府が外出・移動制限措置を発表してからわずか1週間足たらずで実施しましたが、これには浅川雅嗣ADB総裁自らが第一線で食糧を届ける活動に加わりました。ADBのレピュテーションに関わる様々な難しい課題もありましたが、法務部として、資金の流れを提供するために必要なガバナンスの枠組みを作ったり、フィリピン政府とADBとの責任分担を明確化するための文書作成を提案したりしました。ADBの一連の対応に貢献できたことは、開発の仕事に身を置くものとして、改めてその責任の重さを実感する機会となりました。

今年に入り、ミャンマーにおいて政治的に不確実な状況が続いている中、ADBの対応に関するアドバイスを関連部署に提供しました。また、新型コロナワクチンを安全かつ迅速に調達、配布するための貸借契約書を準備し、インドネシア政府との交渉を担当するなど、国際開発金融機関ならではの仕事に携わることができています。

SDGsへの取り組み

SDGsの16番目の目標「平和と公正をすべての人に」の実現には、グッドガバナンスと法の支配を保障することが必要になります。ガバナンスとは、国の安定や民主的発展に向けて統治することを意味し、「誰一人取り残さない」ために、国民のニーズを反映した形での資源の効率的な活用が求められます。また、法の支配といった普遍的な価値を理念として共有する一方で、発展段階や政治体制が異なる多様な国家に合わせたアプローチが求められます。法務部が担当する法と政策改革に係る技術協力は、まさしくこの目標16に貢献しています。 また、13番目の目標「気候変動に具体的な対策」の達成に向けては、気候変動法、災害管理法、国家気候変動戦略、国家防災戦略等をラオス政府と一緒に作成しています。ラオスでの法案の作成には、UNDPや国際赤十字などとの連携を通して、多くのステークホルダーにも受け入れられるような法律になるよう心掛けました。

仕事のやりがい

ADB の法務部の仕事は、民間企業を相手としていた前職のアメリカの法律事務所での仕事と異なり、各国政府を相手に、長期的な視野を持って粘り強く対話を続けていくことが求められます。毎日の地道な一歩一歩が、いずれ貧困撲滅や開発問題の解決をもたらしてくれることを信じなければならないと実感しています。

例えば、ネパールとインドの農村地域における水道整備と衛生環境改善などに取り組むプロジェクトでは、水管理計画を作成し、それに基づいて水道管や排水管を設置したり、地元の人たちの能力構築を支援しています。このことによって、今まで何時間もかけて水汲みを行っていた女性や子供たちを、その労働から解放することに貢献できました。また、モンゴルでの新たな病院建設の案件では、病院建設以外にも医薬品の調達の能力構築や医療財政システムの改善を通じて、今まで一般市民がなかなかアクセスできなかった一次および二次レベルの医療サービスを、手ごろな価格で提供できるようになります。これらのサクセスストーリーに携わることができるのが、この仕事の大きな魅力です。

求められるスキルや経験

ADBで働くにはまずは核となる専門性が必要になります。また、その専門性を仕事上うまく使いこなし、行動をも変えていける柔軟性も大事だと思います。さらに、公的機関を相手に進める開発事業が主流なので、すぐに結果を求めず、誰に対しても誠実な態度で接し、対話を通じて相互理解を深め、連携強化や信頼醸成に努めていかなければ物事は進まないと思います。

プライベート

今はコロナ禍ということもあり日本へ一時帰国しています。朝から晩までテレワークという毎日ですが、日本も春になり、仕事の合間に外へ出かけ、4歳の息子と散歩がてら公園に行ったり、買い物に行ったりするのが楽しみです。