中央西アジア局環境・自然資源・農業担当課首席ポートフォリオ管理専門官の戸塚奈津子さんに聞く

Inside ADB | 2022年5月23日

キャリアパス

名古屋大学工学部土木工学科卒、同大学院博士前期課程→日本工営株式会社(国内事業部→同社海外事業本部)→英国留学のため休職し、イーストアングリア大学国際関係・開発学修士、ラフバラー大学水環境工学修士→日本工営株式会社→ADB入行(南アジア局→現職)

自分のやったことが形になって残る仕事に携わりたいと思い、土木工学科に進学しました。大学で社会資本整備について学び、このような社会経済活動や生活の環境の基盤を整える仕事は、インフラが未整備な開発途上国でこそ必要とされているのではないかと感じるようになり、ODA業務に実績のある建設コンサルタント会社を就職先に選びました。当時、海外部門では土木系職員の新卒採用は行っておらず、国内部門への配属となりました。入社して1年余りで念願の海外部門へ転属し、途上国における水資源、治水事業、ダム、都市排水といった分野の調査、計画、設計などの業務に携わりました。国際協力機構(JICA)などの政府開発援助の実施機関や途上国政府との契約に基づいて現地に赴き、カウンターパートと協議を重ね、技術的な計算や検討を行った上で調査、計画、設計の結果を雇用主に報告しました。

コンサルタントとして開発業務に携わる中で、途上国を取り巻く経済的、政治的、社会的問題を幅広く勉強したいと思うに至り、休職して私費留学し、国際関係学や開発学を勉強しました。インフラ整備の政策や計画策定に係る業務に興味があったことから、2010年にADBに入行しました。ADBでは、コンサルタントへの委託業務を基に、相手国政府やADB内部と案件の詳細に関する協議を重ね、承認を得ることになるので、前職の経験が直接活かされています。

ADBでの担当業務

入行して最初の7年間は、水資源の専門家として、南アジア局で主にインド、バングラデシュの洪水・河岸浸食対策、水資源、海岸浸食対策、農業用道路などの案件形成や実施管理を担当しました。2017年に中央・西アジア局に異動し、現在は、主にパキスタンやウズベキスタンの水資源や灌漑の案件を担当しています。

案件形成では、相手国政府関係組織と事業内容、事業費、また、実施体制などについて協議し、現地踏査を行いながら、案件の承認及び実施プロセスを進めていきます。プロジェクト実施の稟議書として、ADBの 総裁による最終報告及び勧告(Report and Recommendation of the President:RRP)などを作成します。また、案件の実施にあたり、調達や工事などに係る進捗をモニターする他、相手国政府の実施機関が作成した入札の仕様書や審査結果をチェックして承認する、といった業務も含まれます。現地の状況変化により、案件の詳細に多少の修正を加えることもあります。進捗が遅れたり、何らかの問題が起きた際には、ADBや相手国政府のルールを厳守しつつ、可能な限り実施機関の意向を汲み取り、現実的な解決策を探す手伝いをします。案件の実施責任はあくまでも相手国政府と実施機関にあるので、こちらからは助言を行うものの、実施機関に最終決断してもらう必要があります。実施機関が解決策を見つけられない場合は、根本的な問題解決には至らないので、こちらの理論を押し付けるだけにならないよう、Win-Winの着地点を目指します。先方の意向や立場をできる限り理解するよう心掛けています。

また、自分が担当する案件とは別に、ポートフォリオ管理専門官として、承認された案件が滞りなく実施されるよう、所属する課が受け持つ全ての進行中の案件の進捗や成果をモニターし、その担当者へのサポートも行います。また、形成中の案件に関しても、RRPのドラフトをチェックするとともに、実施体制や調達の計画、その費用などに関して、案件の担当者からの相談を受けます。

キャリア・エピソード

前職での休職経験は、想像以上に有意義なものでした。留学先で学んだことはもちろんですが、復職の権利を残しつつも、退職とほぼ同じ扱いで、収入も組織からの支援も全く無い生活を経験したことで、組織に所属すること、収入があること、社会の中で安定した立場にいられることの有難さを強く感じました。そして、国民の多くがそういった利益を享受できていない途上国での開発援助業務に携わる意義についても改めて考えさせられました。

SDGsへの取り組み

私が担当している分野の案件は、何らかの形で、貧困や格差、気候変動やジェンダー、ガバナンスなどSDGsへの取り組みに貢献しています。例えば、水資源開発やその管理、治水、土砂災害対策、灌漑などの案件は、大雨などによる災害を軽減したり、安定した水供給を可能にするので、重要な気候変動適応策となります。一般的に途上国の農村部は、都市部と比較して貧困層の割合が高く、灌漑や農業、農村開発に係る案件は、農村部の所得や生活水準の向上に大きな役割を果たします。案件形成の際には、例えば、インフラ案件に、農民、特に貧困層や女性の所得向上を支援するトレーニングを組み入れます。こういった一つひとつの案件の成功がSDGsへの貢献に繋がることを念頭に業務にあたっています。

仕事のやりがい

開発途上国の社会や経済の長期的な発展に多少なりとも貢献できることがこの仕事の魅力です。例えば、バングラディシュやインドの洪水対策に係る案件では、河川の護岸や堤防を建設しました。頻繁に洪水に襲われるために広大な空き地になっていた場所が、堤防の建設が終わると、食品から市民の生活用品、衣料品などのお店が立ち並ぶ大きな市場へと変貌し、大勢の住民らが訪れ、大賑わいになっているのを目の当たりにして驚きました。また、インドのある村の護岸工事の現地踏査を行った際、おばあさんに「是非言いたいことがある」と呼び止められ、「これで雨が降っても安心して眠れるようになったよ」と言われた時には、この仕事をしていて本当に良かったと思いました。

案件の成功に向けて、真摯に取り組んでおられる開発途上国政府の方々と一緒に仕事ができることもやりがいの一つです。案件で問題が起きたり、行き詰まったりしたときに苦労することも多いのですが、一緒に解決策を考えて、乗り切った後には、非常に大きな喜びと達成感を味わえます。初めてプロジェクトの責任者を任された相手国政府のカウンターパートの方が、当初は自信無さそうに不安を口にしていたのですが、ADB、政府内のステークホルダー、施工業者、コンサルタント、住民などを相手に苦労を重ねて経験を積まれ、後に、誰からも信頼されるプロジェクト・ディレクターとなり、当該政府機関の代表を務めるまでになられました。これもADB案件を通じての「組織能力強化」の成功事例だと思います。

多くの案件では、計画の立案から建設の完了、さらにその成果が現れるまで20年、30年の長い年月を要します。私が担当してきた案件の成果が本格的に見られるようになるのはこれからで、今後がとても楽しみです。

求められるスキルや経験

専門分野の知識やその道の経験を重ねることがとても重要です。案件を担当するにあたっては、政府側の実施機関の高官や担当者と協議する必要があり、相手方は各分野の責任者や専門家であるため、対等に議論し、信頼を得るためには、こちらにも相応の専門知識が求められます。

一方で、専門とする領域以外の幅広い知識と視野も必要となります。例えば、灌漑インフラ案件に、住民組織への農業関連のトレーニングの要素が含まれるなど、案件も複合的に取りまとめる必要があります。インフラ案件でも工学系の専門家だけでなく、財務や環境、調達やその他分野のADBの職員やコンサルタントが携わることから、チームの責任者として案件形成をまとめていかなければいけません。詳細は各専門家に任せるとしても、それぞれの分野について、ある程度の知識を持って、関係者と協議をしながら話を進めていくことが求められます。インフラ整備は社会資本の整備ですから、技術系の専門家でも当該国の社会や経済、歴史的背景を理解しておく必要もあります。将来この分野の仕事に従事したいと考える方には、若い頃から自分の専門分野以外のことでも興味を持ち、視野を広げることを心掛けるようお勧めします。

また、開発の仕事をしていく上で、細かいことや自分の理想にこだわり過ぎず、「まあ、なるようになるだろう」と思える適度な開き直りのようなものが必要だと感じます。想定外の問題に対して、個人の力ではどうすることもできないことは必ず起こります。物事には良い面と悪い面があり、自分自身が両面を常に正しく冷静に判断できているとは限りません。自らが正しいと信じ、それに固執するのではなく、本来の目的を踏み外さぬよう心に留めつつも、与えられた状況を見極め、状況の許す範囲で最善を尽くし、最良の道を見つける、そんな臨機応変な対応力が求められます。

プライベート

数年ほど前からウォーキングを始めました。マニラ近郊には綺麗なゴルフ場があり、芝の上を何時間も歩くこともでき、良いストレス解消になります。様々な国の遺跡、博物館巡りや、土木構造物、建築物を見て歩くのも好きです。有名な遺跡がない場所でも、橋、ダム、道路、水路、堰、教会、モスク、劇場、城壁、古い家屋など何かしら興味深い構造物があります。特に、古い構造物が今でも使われているのを見ると感激します。