南アジア局環境・自然資源・農業課課長の岡実奥さんに聞く

ロンドン大学東洋アフリカ学院開発経済学部卒→同大学経済政治学院社会政策修士→ADB入行(東南アジア局、環境・自然資源・農業課→人事局、予算管理システム課→総裁室総裁秘書官 →現職)

昨年、ADBでの勤務15年目を迎えました。入行した当時、日本人職員の交流ランチで「私は開発ジプシーで、これまで2〜3年おきに海外経済協力基金(現:国際協力銀行)や国際協力機構(JICA)、外務省と職場を移り、ここに辿り着きました。できれば次はワシントン(=世銀)に行きたいと思っています。」と、とんでもないスピーチをしたのを今でも覚えています。

開発の仕事を漠然と意識し始めたのは高校生の時です。人と異なる道を歩めという両親のポリシーのもと、高校在学中にブラジルに留学させられました(サッカー留学ではありません)。ブラジルで驚いたのは、個人ではどうにもならないレベルの格差です。スーパーで売られている石鹸や市場の果物でさえ、6~8種類ほどの価格帯があり、お金持ちは必ずその中でも一番高い物を買い、Tシャツやジーパンもアイロンをかけなくてはなりません。ホームステイ先でのこのような上流階級の生活を窮屈に感じるようになり、ポルトガル語の勉強と称してメイドさんやその仲間たちと多くの時を過ごすようになりました。その中で、文字が書けないメイドさんのために家族への手紙を代筆したり、彼らが住んでいるファベーラを訪れ、銃の発砲を伴うD Vに遭遇したりしました。その時に生じた「生まれ落ちた場所で将来が決まり、どんなに頑張っても乗り越えられない『壁』をどうしたら取り払うことができるのか」という疑問が、その後イギリスの大学に進学し開発学を学ぶという選択につながりました。

キャリア・エピソード

私が入行した2005年当時、ADBは1999年に発表した貧困削減戦略に基づき、高速道路や送電網といった大型案件だけではなく、農道整備やマイクロファイナンスといった貧困層を直接支援する小規模案件を数多く実施していました。メコン地域の環境・自然資源・農業担当課に採用され、そういった小規模案件を10件ほど担当しました。案件の進捗管理のために現地への出張が増えるとともに、ラオスの少数民族と山の美しさに魅入られ、プライベートな時間も含めると年の半分くらいをラオスの山で過ごしていました。少数民族の家に泊った時に振る舞われた食用ネズミをビクビクしながら食べたり、長い移動中に絶景を眺めながら青空トイレにお世話になったりしたことは、今思い出しても頬がゆるみます。

その中で最も印象に残っているのは、ラオスの中国国境近くのルアンナムタ地域に暮らす、藍染め技術を有する少数民族のランタン族を対象とした案件です。日本のフェアトレード会社と組んで、ランタン族へのハンドクラフトの技術支援、成果物の日本市場での販売を通じ、彼らの生計向上を目指したこの案件の中間モニタリングで現地入りしたときのことです。日中は、日本から来た染色専門家による藍染めワークショップが行われ、和気あいあいと過ごしていたものの、夕方、彼らの村を訪ねると、厳しい顔をした村人たちに詰め寄られました。英語→ラオ語→モン語→ランタン語と三人の通訳者を介し、夜中までその事情を聞いたところ、農作業を減らしてまでハンドクラフトに時間を費やしたにもかかわらず、量や質が会社の求める基準を満たさないため、その対価を得られないどころか材料費も支払われていないことが分かりました。 

これは、一言でいえば会社とランタン族との間の意思疎通や、ランタン族の社会経済状況の理解が不足していたということになりますが、収支という概念や記録という習慣がない村でどのように対価や材料費を算定するのか、また、時計やカレンダーが無い場所で将来にかかる取り決めをどのように行えばよいのかなど、ラオスの専門家でも詳細な調査無しには答えられないことを、日本の一企業に求めるのはそもそも無茶な話でした。

また、それ以上に私が慄然としたのは、生計向上どころか、彼らの命を危険にさらしかねなかったという事実でした。少数民族の脆弱性は広く知られており、仮に私の出張が延期になり現地の実情を把握できていなかったとしたら、彼らは次の農繁期を逃してまでもハンドクラフト製作を継続し、農業の減収を補うため隣村に借金をしたところに病人が出て、その返済ができず村が離散するといった最悪のシナリオも考えられました。

幸いこのケースでは、農産物の生産量が落ち込んだにもかかわらず、ラオスと中国を結ぶ道路が完成していたことによって中国人バイヤーに高値で売ることができたため、住民の生計が向上したと確認できました。この経験は、我々の職務において、案件を通じて村人の命を預かる覚悟が必要だという認識を私の中に植え付けてくれたと思います。

ADBでの担当業務

2016年11月より、南アジア地域局の環境・自然資源・農業課の課長をしています。インド、バングラデシュ、ネパール、スリランカ、ブータンおよびモルジブを対象に、(1)灌漑や洪水制御等の水資源管理、(2)農村と市場をつなぐ農道や農村市場の整備等の農村インフラ整備、(3)アグリビジネスの振興の3分野を柱に、貸付や技術協力案件の形成やその実施に加え、それを下支えする調査報告書の作成や相手国政府との政策協議を行っています。ADBの2030年までの事業戦略である「ストラテジー2030」においても、気候変動と農村開発が改めて重視されることとなり、案件数および融資額ともに右肩上がりになっています。

10年ほど前までは、食糧増産のための灌漑事業や農業技術普及を目的とした案件が主流でしたが、クライアント国が豊かになり飢餓人口が減ったこと、また気候変動等あらたな地域・地球規模の課題への対応が急務となってきており、案件の内容も農産物を国内外の市場に販売するためのビジネス支援や、気候変動の住民への影響を食い止めるための護岸整備へと変わってきました。その結果、ADBに求められるスキルも、植物やペットボトルを使った持続可能な建築土木資材や、農業用水の利用量を減らすスプリンクラー灌漑の推進、食品トレーサビリティ制度の構築、小口融資のキャッシュレスでの実現と高度かつ幅広くなってきており、これらの技術を有する民間企業、電力セクターや金融セクターを担当する職員らと課の垣根を超えて業務を行うことが増えてきています。

仕事のやりがい

私が担当する農業・水資源セクターは、高速道路や送電線事業に比べ、灌漑、洪水制御や農業組合の支援など、受益者の顔が見えやすいセクターです。現地視察に行くと、受益者の方に直接お礼を言われたり、実際に彼らの生活の向上を目で確認できたり、案件が人々の役に立っているという実感を得やすく、移動の疲れや実施段階でのストレスが一気に吹っ飛ぶ瞬間を何度も経験させてもらっています。

開発ジプシーだった私がここまで長くADBで務めることができたのは、総裁室に配属された際に、ADBの最前線で活躍する職員と密に仕事をする機会を頂けたおかげです。総裁室では、年金制度改革や業務プロセスの簡素化イニシアティブ等、自分一人では解決できない組織規模の課題を扱うことが多く、ほぼ毎日、レベルのかけ離れた幹部職員の部屋のドアを叩いていました。皆、15分刻みで予定が埋まっているにも関わらず、私のアポ無し訪問にも快く対応してくれて、瞬時に具体的なアドバイスをくれたり協力を申し出てくれました。また、仕事でミスをした私を静かに諭し、異なる立場からの見方を示し励ましてくれました。

しかしここ最近、多くの先輩が退職され、育ててもらうばかりだった自分が育てる立場になったことをようやく悟りました。手始めに、技術面で具体的な助言ができる職員は相手国政府のカウンターパートから重宝されることから、土木工学系の若手女性職員の採用を強化し、現在はその育成にも力を入れています。入行した彼女たちは、技術的なバックボーンがあり、語学も堪能で、クライアントの意見をきちんと尊重してくれるとともに、組織内のネットワークも瞬時に築き上げ、驚くほどのポテンシャルを発揮してくれています。私ができることはあまりないのですが、若手職員とは、一対一で話をする機会を定期的に持ち、業務上の課題について一緒に問題分析をするようにしています。それを通じ「若手だから」、「女性だから」、「アジアだから」というネガティブな殻を破ってもらい、どんな場所でも自信を持って自分の意見を言ってもらうことにつながれば良いと思っています。同時に、(これは性別やスタッフのカテゴリーとは関係ないのですが)早い段階から自分の身の丈より大きな課題、できれば、自分がリーダーとして取り組めるような案件に挑戦してもらうようにしています。成功すれば大きな自信へとつながり、失敗したとしても課としてフォローできますし、失敗から得るものも大きいと思っています。もちろん、彼女たちの成長は私の楽しみではありますが、人材育成はチャリティではないので、彼女たちに早く即戦力となってもらい、組織の中でも成功して将来は助けてもらおうという私なりの計算もあります。

求められるスキルや経験

ADBに入行して受けた最初のプロジェクトリーダー養成研修で、ADBで一番重要なことは「Expect the unexpected」と教えられました。確かに、インド最大州の首相に、農業セクター振興のためのプレゼンを求められ、徹夜でアグリビジネス振興計画案を作成して臨んだのにもかかわらず、その会議に同席していた農業大臣から「州の一番の問題である、飼い主のいない野良牛対策を教えてほしい(注:ヒンズー社会において牛は崇拝の対象となっており不殺生の観念が共有されているため、野良牛による農業被害が問題となっている)」とコメントされた時は、膝から崩れ落ちそうになりました。また、カンボジアで女性農業普及員を育成すべくon the job trainingとして個別農家を訪ねる活動を開始したところ、女性たちの男性配偶者が心配してついて回るようになり、村長さんからのクレーム対応に迫られました。この様に、業務では様々な想定外の課題が絶え間なく降りかかってきます。動じない鋼のメンタルで冷静に解決策を練るというのも大切ですが、そこで少し引いて困難な状況を少しでも楽しめる方向に持っていける人は、ADBで大いに活躍できると思います。

また、求められるスキルとして、①売りとなる技術力、②コミュニケーション能力、③マネージメント能力がバランスよく備わっていることが望ましいと思います。採用面接で、「水セクターだったら、灌漑でも上水道でも、デザインでも評価でも何でもできます。」と器用さをアピールされる方もいらっしゃいますが、ADBの業務では、クライアントとなる相手国政府に、導入実績がない新技術を売り込むことも求められるため、オールラウンドな経験よりも、ニッチな分野で深い知見がある方が重宝されると思います。それに加え、クライアントやADB内部で異なる立場や文化の人たちの考えを把握し、相手が聞きたくないことを含めて言葉や文書で伝える能力も大事になります。また、ADBの案件は、政府が雇用するコンサルタントさんや工事請負業者を通じ行われるため、案件に関わる多くの人々の都合や人柄を勘案し、遠隔でプロジェクトを動かすマネージメント能力も大事になってきます。

最後に、「一芸」を磨くと何かと良いことがあると思います。ADBでは内部イベントも多く、特技を披露する機会があります。特技の無い私は、地域局主催のクリスマスパーティーで、ハワイアンの衣装を課員と一緒に作り、レディーガガのポーカーフェイスを踊らされたりしています。

プライベート

コロナ前は、息子がサッカーに打ち込んでいたこともあり、週末は、サッカーの練習と試合へ極力付き添うようにしていました。その生活がコロナで一転し、息子は自称プロゲーマーへの道を突き進み、私は、趣味の読書をしながら猫とうたた寝をしたりしています。こんな私ですが、毎年一つは新しいことに挑戦することを課していて、コロナ禍で在宅勤務が始まった昨年は、体力づくりのため筋トレを始めました。体重は減らなかったのですが、50㎏のバーベルを持ち上げられるようになりました。今年は、厳しい先生のもとでヨガのフォームを基礎から学びなおしています。癒しとは程遠いですが、体力維持のために修行に励んでいます。

 

 
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