チーフエコノミスト兼経済調査・地域協力局長の澤田康幸さんに聞く

キャリアパス

慶応義塾大学経済学部卒→大阪大学大学院(経済学)、東京大学大学院(国際関係論)を経てスタンフォード大学経済学部博士課程修了→東京大学勤務→ADB入行(現職)

ADB入行から4年が経ちますが、それまでは東大で約20年間に渡り開発経済学を教えていました。研究者として、貧困とは一体何か、なぜ貧しいのか、何ができるのか、ということを一貫して考えてきました。アジア・アフリカの村落や都市コミュニティを巡り、学術界では先端的とされるフィールド実験などの手法を用いて現地に密着し、政策に連動した研究を行ってきました。

父は陸軍士官学校在学中に終戦となり、その後1950年代に医師としてアメリカの病院でレジデントも経験していました。家には太平洋戦争関係の書籍や写真集が膨大にあり、アジアや途上国のことに子供のころから強い関心を持つようになりました。アメリカで博士号を取ったのも父の影響が大きかったと思います。

人や社会を動かす経済の仕組みに興味を持ち、大学では経済学部に進学しましたが、他方アジアへの思いから文化人類学にも関心があり、いつかは人類学者のようなフィールド調査をやってみたいと思っていました。そんな中、大学2年の終わりに、渡辺利夫先生の『開発経済学-経済学と現代アジアー』という本に出会い、これだ!と思い、そのまま開発経済学者になる道を進みました。とはいえ、大学入学から学者になるまで、日本でもアメリカでも本当に素晴らしい先生方や先輩達の薫陶を受けました。

2015年にアンガス・ディートン教授が世界の貧困に関する実証研究でノーベル経済学賞を受賞し、2019年にはアビジット・ベナジ―教授、エスター・デュフロ教授、マイケル・クレマー教授が貧困削減への実験的アプローチという貢献でノーベル経済学賞を受賞しました。この20年間は、開発経済学が、悪く言えば「机上の空論」から、フィールド調査に基づいた「緻密な実証研究」、さらには政策と連動した「実践研究」へと大きく変動し、革命的ともいえる進歩を遂げた時期でした。

私自身、1997・98年に博士論文研究のためにパキスタンのパンジャブ州で、20以上の村を対象にインタビュー調査を実施し、2,000人以上の子供の教育に関するミクロ計量経済学の手法を駆使した研究を行いました。当時そのようなスタイルの研究者は経済学ではごく少数派でしたが、ディートン教授やベナジ―教授らのノーベル賞に表れているように、今やミクロ実証分析やフィールド実験という手法の採用は、経済学の一角を占めています。開発経済学者としてこうした時代の潮流に乗れたということは、とても幸運だったと思います。

90年代末に博士号を取得するめどが立ち、アメリカやアジアの大学、また、世銀のヤング・プロフェッショナル・プログラムを通じたジョブオファーをもらいました。就職先として、終身雇用という形でのオファーをくれた東大を選びました。実はその当時、ADBが公募していた、経済分野の専門家を対象とした採用プログラムにも応募し、本部で面接・身体検査を受け、ハウジングツアーにも参加しました。途上国特有の課題を多く抱えるフィリピンにどっぷりとつかりながら国際機関職員として働けることがとても魅力的でした。その思いをずっと抱き続けて、20年を経てADBで働くことができ本当に嬉しく思っています。

ADBでの担当業務

現在、ADBのチーフエコノミストとして対外的な発信をしつつ、経済調査・地域協力局の局長という立場にあります。同局は、①マクロ経済課、②オペレ―ション・サポート課、③経済地域統合課の3つの課と、局長直属の④統計・データイノベーション・ユニットと⑤金融協力・統合チームで構成されており、ADBの業務におけるあらゆる分野の調査研究や政策支援、能力構築のサポート業務を担当しています。

一例ですが、マクロ経済課では、政策対話や支援の土台となる、アジア・太平洋地域のマクロ経済に関する短期予測などを盛り込んだADBの主要経済報告書である『アジア経済見通し(Asian Development Outlook)』の作成や公表を行っています。この報告書は、4月と9月の年2回発行され、7月と12月にはその補録版も作成します。4月と9月は、チーフエコノミストとして私が公表し、ブルームバーグをはじめとする主要メディアのインタビューにも応じます。ADBのスポークスパーソンとして、組織の情報発信力の向上に貢献することも、チーフエコノミストの重要な仕事の一つです。

オペレーション・サポート課では、ADBの業務を支えるべく、ADBプロジェクトの評価支援を行っています。プロジェクトの計画段階では、費用便益分析や内部収益率の計算等の経済分析をサポートし、担当部局にアドバイスを提供します。また、最近の開発経済学の潮流に関連して、プロジェクトのインパクト評価について、ランダム化比較試験やビッグデータ解析等の新しい手法も積極的に用いています。

経済地域統合課では、アジア・太平洋各国の経済状況を個々の国ごとに詳しく分析した上で、地域貿易や投資の強化、域内バリューチェーンの多様化等の全体のつながりや協力体制について、調査研究や政策支援を通じてサポートしています。また、『アジア経済統合報告書(AEIR: Asian Economic Integration Report) 』では、独自の地域統合指標に基づき、近年のアジアの地域統合の進展などについて分析を行っています。

地域協⼒・統合の深化を図るという考え方の基本は、ADB設立協定に既に取り入れられていました。こうした活動の統括に加え、局長として約100名のスタッフのマネジメントを行っています。スタッフの約半分がエコノミストで、もう半分がフィリピン人のローカルスタッフです。エコノミストは、アジア、北米、ヨーロッパとさまざまな地域から集まっており、非常に国際色豊かな職場です。

キャリア・エピソード

未だコロナ禍真っ只中ですが、2020年当初、コロナ対策の緊急支援を開始した時のことが今も鮮明な印象として残っています。浅川雅嗣ADB総裁のリーダーシップの下、急遽編成されたパンデミック対応作業グループの一員として、2020年2月には既にコロナ禍がアジア経済に与える影響の試算を行っていました。コロナの流行がまだ中国にとどまっている中、どのぐらいの感染拡大が起こるのか不確実性が高かった時期ですが、過去のSARSの事例など膨大な研究結果を網羅しつつ、独自に構築、更新していた国際産業連関表を基にいくつかのシナリオを立て、試算を行いました。WHOがまだパンデミック宣言を出す前でしたので、こうした結果を公表することの反響を考え、タイミングについてはかなりの議論を重ねましたが、最終的に他機関に先駆け、3月6日にコロナ禍の経済的影響に関する試算結果を公表することができました。この試算は、状況変化や新しいデータの入手に合わせてその後何度も更新されていますが、ADBの開発途上加盟国や他機関との政策対話および財政支援の設計・実施のための基礎情報として様々な形で活かされています。喫緊の政策課題に対応するため、あらゆる知見を動員して、迅速かつ精緻にデータを収集し、分析して、タイムリーに共有していくことの重要性を痛感しました。政策立案の現場における臨場感、責任感、緊張感は、大学での研究活動とは大きく異なるものでした。

SDGsへの取組み

経済調査・地域協力局では、SDGsの個々の目標に関わる調査研究活動を行っており、それらは、ADB加盟国に対する政策支援やADBの業務のサポート、そして他の国際機関やADB加盟国の諸機関との連携に役立てられています。

一例ですが、2021年4月に公表した『アジア経済見通し2021年版』の特別テーマとして取り上げた調査報告では、アジア・太平洋のコロナからの復興とSDGsの達成ための方策を様々な分析を基に論じており、同地域がインクルーシブで、強靱かつ持続可能な開発を実現するには、グリーン・ファイナンスやソーシャル・ファイナンスなどに民間のリソースを動員することが不可欠であることを結論付けています。また、こうしたファイナンス手段がいかに投資家や企業、そして社会に恩恵をもたらしうるかについて、コロナ禍においても底堅い企業の株価の推移などを用いて、独自の実証研究結果も紹介しています。

グリーン・ファイナンスやソーシャル・ファイナンスの分野に必要な投資を呼び込むためには、政府と民間セクターの協働が欠かせません。各国政府はそのための市場インフラやエコシステムを強化すべきであり、そうすることでこの分野がさらに発展し、アジアの復興に貢献することができると考えています。現在、アジアの開発途上国において、グリーン・ボンド、ソーシャル・ボンドおよびサステナビリティ・ボンドが急成長しています。今後、調査研究等を通じて各国政府の政策立案能力を高めるための取り組みをサポートしてゆくことが肝要だと思います。

仕事のやりがい

大学教授には中小零細企業オーナーのような一面があります。研究の資金繰りに苦労しつつ少人数の大学院生や博士後研究員、共同研究者とともに研究プロジェクトを実施します。フィールド実験、調査の設計と実施およびデータの解析にはかなりの労力や資金が必要となります。また、研究成果を公表するまでには長い時間がかかるのが常です。

他方、ADBでの私の立場は、3,000人以上のスタッフを抱える組織の幹部の一人として、組織の基本戦略策定に貢献し、それに従って自らの局の活動計画を立て、統率していく必要があります。また、部下たちを含め幅広い人事評価にも携わるので、この点も、大学教授とは異なると思います。研究者であっても様々な形で行政や民間企業、NGO等と連携し、実践的にプロジェクトを進めていく必要があります。ADBでは学術、実務の両面から重要な研究課題に取り組むことができるため、「エビデンスに基づいた政策形成」を可能にする、政策研究の一つの理想形だと思います。行政等の現場でのニーズを出発点とする研究、つまりデマンド・ドリブン・リサーチを基本としつつ、最先端の分析手法や衛星画像・高頻度の業務データなど、革新的なデータも駆使して、学術的な水準を落とさずに調査活動を行えることが、今の私の仕事の醍醐味だと思います。コロナ禍の緊急対応で様々な要請を受ける中、質の高いエビデンスを迅速に提供し、アジア・太平洋地域の成長に貢献できる今の環境に、とても大きなやりがいを感じています。

求められるスキルや経験

ADBの開発途上加盟国がコロナ禍からの復興に向けて様々な施策を行っている中、ADBも組織が一丸となり、多様な支援を実施しています。こうした状況で、私が強く感じるのは、社会の資源配分の効率性と公平性の緻密な分析や、必要な政策の識別と実践に真正面から取り組むことの大切さです。つまり社会の限られた資源をバランスよく最大限活用することを正面から考える「現代の経済学の知見」がとても有用だということです。

こう考えると、理論と実証を実践につなげることができるADBのような国際金融機関は、修士号、博士号を取得した経済学の専門家の進路としてぴったりだと思います。女性の活躍も非常に進んでおり、子育てをしながら働き続けるという労働環境も先進的で、給与を含め雇用条件も良心的です。実務と研究の間を行き来しながらキャリアを積めるという意味でも素晴らしい職場だと感じています。経済学を勉強してこれからのキャリアパスを考えている人にはぜひ、ADBを含む国際機関への就職も視野に入れて研究に励んでほしいと思います。特に経済学の基本を身につけることが何より大事です。大学院でコースワークの勉強にみっちりと取り組み、実証研究やフィールド調査等の応用分野に進んでいけば、視野が着実に広がり、その後のキャリアでも必ず活かすことができます。加えて、学術的にも、実務的にも、社会に対して、自分自身に一体どんな貢献ができるかを常に意識して、高い目標を持つとよいと思います。若い人は頭が柔らかく斬新なアイディアを持っているので、活躍の場としてもADBはお勧めです。

プライベート

週末はADBや日本企業駐在員の仲間と一緒にバセコと呼ばれる貧困地区に出向いて支援活動を行ったりしています。趣味は、時間があるときにとにかく街を歩き回ることですね。コロナ禍で移動制限が敷かれてからは、その時々に許される範囲でマニラを散策していました。自宅のあるADB近くのオルティガスからマカティまで片道3時間かけて歩くこともあります。マニラの下町は子供の頃にいた昭和の神戸の喧騒を感じさせられ、本当に飽きません。世界最古ともいわれるビノンドの中華街では水餃子や焼き肉まんの店が美味しく、バクラランやカルティマール・クバオの市場などは何時間も彷徨える感じです。ガイドブックやウェブの案内を見ると「観光客は行ってはいけない」と書いてあるので、細心の注意が必要ではありますが(笑)。

好きな場所はクバオ・エクスポという骨董通り。コロナ禍でマルキナ産のオーダーメード靴屋さんが無くなるなどちょっと廃れた面もあるのですが、新しいカフェもできつつあり面白い場所です。それから、ADBにもほど近い、パシグ川沿いの一帯にポブラシオンという下町があります。コロナ前には裏通りのこじんまりしたレストランや京都の先斗町にありそうな和風バーやモダンな焼き鳥屋さん等で賑わっていました。コロナでだいぶ寂れてしまいましたが、パナイ島アクランで養殖された牡蠣の和食インスパイア系レストランはまだあり、とてもお勧めです!

また、高度成長時代のアメ横のようなディビゾリアでは、衣料品や靴・食品まであらゆるものを売っています。多くのお店で「Made in Bangladesh」と大きな看板を掲げてジーンズや既製服が売られていて、「ああバングラデシュ製が質の証しになってるんだなあ」と実感します。アジアはつながっているとしみじみ感じるところです。

街を歩いているといろいろな発見があります。散歩で歩き疲れたら、至る所にあるジョリビーに行き、嬉しいことにレギュラーメニューになったブコパイ(ココナッツのパイ)で一息ついたりしています。

 

 
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