戦略政策・パートナーシップ局、戦略政策・ビジネスプロセス課長の冨永二郎さんに聞く

キャリアパス

慶應義塾大学経済学部卒。海外経済協力基金(現: JICA)に入社。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス経済学修士を経て、財務省国際局開発機関課へ出向。その後、世界銀行を経て、2015年にADB入行。

色々な職場で働きましたが、一貫して開発の仕事に携わっています。日本政府や開発援助機関、また国際機関などで、それぞれの視点から、開発課題や国際的な枠組みについて多面的・多角的な考察を求められたことが、今の戦略や政策に携わる仕事に役立っています。

開発への入り口は大学で経済学に触れたことがきっかけです。経済成長や所得格差、金融政策や財政政策などのマクロ経済政策への関心が開発への関心に移行したということで、極めて知識先行型でした。そういう中で、海外経済協力基金(OECF)で開発の初歩を勉強できたことはとても大きかったと思います。その後OECFの業務は国際協力機構(JICA)に引き継がれましたが、当時のOECFは人数が少なかったこともあり、若手に大きな仕事やチャンスを与えてくれる素晴らしい組織でした。チーム数人で車やヘリコプターなどの移動手段を駆使して実施したインドやネパールの水力発電や地域開発案件の調査や審査は思い出深いものです。

財務省での仕事は高い質と圧倒的な量をこなすことが求められ、2年間の出向期間中すべてが新鮮な体験でした。私の出向とほぼ同時期に起こったアジア通貨危機への対応から始まり、担当の係長として国際開発協会(IDA)第12次増資の交渉から法律改正まで、国際交渉や予算要求、法律改正や国会審議の手続きなどに携わリました。この時期始まったNGOと財務省の定期協議会への参加も思い出深く、当時NGO側で参加されていた方とは未だに交流を続けています。

その後、世銀で15年間仕事をしました。当時注目され始めた情報通信技術(ICT)の経済開発への活用など、行政サービスの効率化や透明性の向上を図るためのいわゆる「電子政府」に関わる様々なプロジェクトに参加しました。ICTは携帯電話、金融、教育、医療など、途上国の人々を含め、我々の生活を大きく変えました。また、ソフトウェア輸出やアウト・ソーシング、コール・センターなど、今までの成長モデルとは異なる新たな発展のパラダイムを提供し、開発政策へのインパクトは極めて大きいものでした。一方、民間主導の技術やビジネスモデルの日進月歩が激しく、世銀やADBなどの公的機関が果たすべき役割は、未だ確立されていないように思えます。ICTが経済や産業に与える影響は大きく、今後の開発の議論の中に必ず組み込まれなければならないものであり、早い段階でこの分野に触れることができ幸運でした。

世銀での残りの半分の期間は、独立評価局で世銀グループの開発成果の検証と教訓を抽出するという仕事に携わりました。評価業務は、主に事業が完了した後に検証を始めるため、途上国政府との交渉などは行わないものの、多様な案件を見ることで、開発効果の高い事業を設計、実施することの難しさを痛感しました。ADBへの入行は業務評価のポジションに応募したことがきっかけでしたので、この業務に触れたことは、キャリア上大きな意味がありました。また、業務評価の部署は、網羅的に様々な業務を見ることができるので、現在の戦略政策・パートナーシップ局での仕事において、ADBの長期戦略やビジネスプロセスを考える上で大きなアセットとなりました。

ADBでの担当業務

ここ数年は、ADBの開発途上加盟国向けの事業戦略や、それを実施していくためのビジネスプロセスを管理、構築する課で、ADBの2030年までの事業戦略である「ストラテジー2030」の策定や、その業務実施に関わる行内手続きの整備や改訂などに携わってきました。2020年の4⽉に発表した新型コロナに対する200億ドルの⽀援パッケージから、12月に発表した90億ドルのアジア太平洋ワクチンアクセスファシリティ(APVAX) と呼ばれるワクチン支援に至るADBの組織をあげた取り組みにおいて、これら対応策の策定にあたりました。また、世銀やアフリカ開発銀行などの他の国際開発金融機関(MDBs)との連携も行っていました。

日々の業務では、ADBの戦略や政策と行内プロセス策定、それに関わる分析、関係部局との調整、ADBの理事会メンバーとの協議などに時間を費やしています。開発の課題が変化している中で、ADBが開発効果を得るための最善の方法は何か、長期戦略と日々の業務を有機的にリンクしつつ、手続きの煩雑化をどう防ぐかという点が重要な課題です。

開発課題の複雑化に伴い、ADBは多様な分野の専門性を提供し、環境、気候変動、ジェンダー、汚職など重要課題に対応するための分析や検証を行い、すべてを統合した「ソリューション」の提供が求められています。また我々が必要とする知見を補完したり、追加の資金支援をしたりして開発効果を高めてくれるパートナーとの連携構築も期待されています。さらに各所のステークホールダーの意見を招集、反映するとともに、多様なアジェンダを掲げるステークホールダー間の相互理解を深め、各国の中長期の政策立案に貢献する意見交換のプラットフォームの提供も、国際機関の役割としてクローズアップされています。これらの動きは、必然的に行内での手続きや外部機関との調整業務を増やすこととなるわけですが、一方で動きが速い世界経済の中で、スピード感のある支援を行わないとその効果は薄れます。この二つの相反するベクトルをいかにバランス良く融合できるかという点が、日々直面している課題です。

2021年9月に、ADBのインドネシア事務所長に就任します。60人ほどのスタッフを抱え、公共部門管理や再生可能エネルギー、災害への強靭性の強化等の幅広い分野に支援しています。2020年はコロナ対応策も含めて34億ドル程度の支援をしました。インドネシアはコロナの影響からの回復、気候変動を含めた長期に持続可能な発展等を目指した新しいカントリー・パートナーシップ戦略を昨年策定したところなので、その着実な実施が当面の課題です。また、民間セクターやパートナー機関と連携し、同国の民間資源の活用に向けた取り組みに貢献できればと思います。

キャリア・エピソード

印象的なエピソードとして、これまで幾度となく発生した危機への対応が挙げられます。アジア通貨危機の時は、財務省で、G7や国際機関、日本の関係機関と支援策の策定や、それに係る議論に触れました。当時はEメールもなく、FAXと電話で情報を共有し、今では考えられない環境で業務に当たっていました。

リーマン・ブラザーズの破綻に端を発した世界経済の危機の際は、世銀の独立評価総局長の補佐官をしていたので、危機支援に直接携わることはなかったのですが、世銀上層部の討議状況の情報を耳にすることも多く、また評価局としてもいち早く過去の危機対応における教訓をまとめた冊子を作成し、業務を支援していました。世銀によるこの危機支援では、「量」と「スピード」を実現し、金融市場に安心感を与え、危機収拾に貢献したとして、普段は辛口の評価局もポジティブな評価を出しました。

今回のコロナ危機への対応では、浅川総裁の陣頭指揮の下、2020年4月13日に「量」と「スピード」を含んだ200億ドル規模の対策を、ADB各部局および理事会の協力を得て迅速にまとめることができました。各国の景気対策への財政支援においては、ロックダウンを含む感染対策による貧困層や女性への影響を鑑み、この様な層への重点対策を盛り込むことにより、メリハリのある支援ができたと思っています。

またこの様な状況下で、ADBもかつてないほど大規模な在宅勤務体制へと移行し、職場を取り巻く環境は大きく変化しました。今後の見通しが見えない中、出身国に帰ってリモート勤務するのか、子供の学校をどうするかなど、職員一人一人がそれぞれ判断を求められる状況で、仕事以外にも課題が山積していました。私も昨年3月末からしばらく日本で過ごすことを決め、家族と共にマニラから移動しました。そのような中で、全行一丸となって迅速に対策の策定と実施に当たれたことは本当に良かったと思います。その後、ADBの開発途上加盟国のワクチン供給を支援する90億ドル規模の対策も、2020年12月11日に、理事会で承認を得ることができました。

今回の危機がこれまでのものとは違うのは、危機状況が昨年以来継続し、不確実性が依然として高まっていることです。ワクチン接種の拡大は必須であり、今後とも全力で支援していく予定ですが、数次にわたる感染拡大の波を横目に見ながら経済の立て直しを進める各国政府の取り組みをどう効果的に支援するかが今後の大きな課題です。

SDGsへの取組み

我々の長期戦略である「ストラテジー2030」は、SDGsや気候変動に関するパリ協定などの国際的なコンセンサスとADB業務をアラインすることを明確にしています。

ストラテジ−2030は7つの優先課題に重点を置いており、そこには貧困、格差、保健、教育、社会福祉、ジェンダー、気候変動、環境、都市・地方開発、ガバナンス、地域協力等幅広い課題が含まれています。これらはすべてSDGsと直接リンクするもので、特にジェンダーと気候変動に関しては、ストラテジー2030の中であえて数値目標を掲げて鋭意努力を続けています。

SDGsが目指す、長期的な開発の指針としての持続可能な発展は、各開発機関が一致して掲げるアジェンダであり、他のMDBsとの対話においても重要な項目として位置付けられています。SDGsが特に我々にとって重要なのは、人口と経済の規模から言って、アジア・太平洋地域での目標の達成なくして世界規模での達成はあり得ないからです。当該地域の開発金融機関としての役割は大きいものと思っています。

仕事のやりがい

新型コロナが顕在化させた不確実性の高まる世界において、技術進化のスピードが非常に速い発展やグローバルな経済体制の確立は、今までとは異なる新たな経済成長のあり方や、発展課題を提示しています。また、開発課題が高度に複雑化していく中、様々な知識や経験をもつ専門家が集まり、知恵を出し合い、現状の課題に取り組むことが求められています。特に気候変動は早急な対応が求められますが、それには国境を越えて色々なステークホールダーが協力して対応する必要があります。

こういう中で、我々のようなMDBsしかできない貢献がいくつかあると思います。例えば多国間の出資で成り立つMDBsは、多様なアイデアを各国協力のもと実現していく有効なプラットフォームとして機能できます。またAAA格付けのもとで国際市場から調達した資金を途上国に還流する資源配分機能により、各国からの出資金を効率的に活用することができます。さらにADBには多様な分野の専門家がおり、様々な開発課題に対応できます。途上国の課題を丁寧に分析し、実現可能なプロジェクトや改革プログラムに転換していくことに我々の仕事の醍醐味があると思います。アジア・太平洋地域の経済成長や気候変動に関するグローバルな影響力は、今後も益々増していきます。同地域の動向が世界的に大きな影響を与える中、グローバルな視点で、適切な改革や政策パッケージ、投資事業への資金と知識を提供できればと思っています。

求められるスキルや経験

途上国の開発における課題は多岐に亘るため、ADBは多種多様な分野において専門家を必要としています。そういう意味で、求める人材の間口は広く開放されていると言えます。一方で、相手国政府当局を含む、様々なステークホールダーとの対話や交渉において、高度な知識や実務経験、プレゼン能力が必要になります。今までの常識が通用しない大きな転換期の中、各国の実情に合致した最適なソリューションを提供していく上で、イノベーションを推し進める発想力と柔軟なアプローチが求められていると思います。

プライベート

アメリカにいた頃は、地元の草野球リーグでプレーすることがありました。マニラではそのような機会もなく、運動不足で体はなまりがちです。昔から目的もなく散歩をすることが好きで、出張の時は、周辺をぶらぶらと歩く時間を作るようにしています。コロナ禍に伴う一時帰国の間、東村山市で過ごしましたが、歴史があり、地形の起伏や町名を見ながら歩いていると、知らない間に長い散歩になってしまいます。私がマニラで住んでいる地域は、太平洋戦争以前から軍事施設として使われてきた場所が近年再開発されたところです。昔の写真と照らし合わせながら散歩するのが中々楽しいです。歩きながら知られざる街の歴史や文化、人々の暮らしを再発見するのが好きです。

 

 
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